2020年02月22日

山国川下流域 2020.02.22

マガモの首部の青が順光線に照らされ輝く。
カワセミにオオルリ…美しい「青」(とい
うよりは「蒼」の方が似合う)を持つ鳥は
他にもいるのだが、鮮やさでいうなればマ
ガモのそれが最も強いと感じる。

子どもの頃に居た「ガー子」(♂)という、
秋田犬とチャボと仲良しだった、羽の折れた
マガモのことを思い出す。
以前と比べて、山国川で過ごす「冬の使者」
が少なくなった。

そして近年、青のり採りや寒ボラ釣りをする
人達の「冬の風物詩」も見られなくなってき
ている。これには事情が幾つかあるのだが。

2020-0222-1・ブ.JPG
川は水だけでなく、風の流れる場所でもある。
海水と淡水の入り込む汽水域に生育する、収
穫された「青のり」が風に晒されてるはずの
場所から山国川河口部を望む。

「冬の使者」達のピーャ・ピーャの警戒音を
聞きながら、変貌する下流域を考えていた。
本来ならば、刺すような北風も緩い。

posted by 薄学斎 at 19:20|

2020年02月21日

耶馬渓 青の洞門 潜入調査ファイル 4

「青の洞門 30年説」の不思議。(今回も長〜いです)

青の洞門の完成まで何年?。これは青の洞門研究最大の面白さの
部分で、昔から様々な説が唱えられてきたことが先人達の残した
資料から読み取れる。しかし中津市となり、なぜか「30年」に…。

「掘り始めてから〜」⇒補助金と予算と工期という概念に染まる
と陥ってしまう横穴でなく落とし穴だ。
どのように掘り進めたか?。当初から必要な大きさでそのまま堀
り進んだのか?。まずは1〜2人の大きさで堀り進み、その後から
周囲を拡張したのかなど…ここ25年間を見てきても、工法などを
検証された形跡はない。

地元・観光に視点を置くと、耶馬渓に来た禅海が競秀峰に隧道を
穿つことを発心してからになるのでは?。
禅海の発心から工事着手。更に工事中断もあったのかも知れない。
何も考えていない…言ってしまうと、根拠に危うい30年説なのだ。
それに…青の洞門の当時の手がかりの大半は失われた現在である。
ある人が「岩を掘ったこともない人達が勝手なことばかり…」と。

地元の観光ガイドには「人と牛馬の力しかなく、資金的にも困難
が想像できる難工事。そんな時代にこれだけのものを掘り抜いた。
一体どれだけの年月がかかったのでしょう」ぐらいは話して欲しい。
ただ台本通りに「これが○○です・ます」では、その場所の魅力を
耶馬渓に来てくれた人達に伝えるには役不足だ。と言いたい。

2020-0221-1・ブ.JPG
折々の競秀峰の中でも、大好きなのは「夏雲の競秀峰」だ。

posted by 薄学斎 at 02:57| 耶馬渓(本耶馬渓)

2020年02月19日

「雪の耶馬溪」 始末記

2月5日のブログ記事にて、大町桂月の「雪の耶馬溪」
を掲載した。

2週間後の2月18日、この冬初めての積雪の朝。ちょう
ど午前中に、耶馬渓にて打ち合わせの用事が重なり、
いざ雪耶馬と勇んで出陣。道中、薄雪化粧した犬ヶ岳
山系を我がキャメラに収めんと取り出す→が、カードが
入っていない…→しかし流石の薄学斎、予備のカードを
車の中に入れて…→はずが…無い(この間使ってた…)。

容量の少ない電池と、銘柄と本数を決めて準備をして
いたフィルムの場合は忘れることは滅多になかったの
が、デジカメの出番が多くなってからはメモリーカー
ドとバッテリー充電をよく忘れるようになり。
大容量のバッテリーとカード…。デジタルの便利さに
溺れて、何か大切なモノを失いかけている気がする…。

で、今季初雪と積雪を記録した北部九州。
道路は積雪せず、薄雪化粧の景色。(中津市)本耶馬
渓町・耶馬渓町の国道212号線周辺も同様。
ちょっと気だるいような雪解けの、白と黒とのモノト
ーン調の耶馬渓。
平野部の積雪も午後には、ほとんど解けてしまった。
せっかくの初雪なのに、そんな訳で画像はありませぬ

posted by 薄学斎 at 12:46|