2020年02月21日

耶馬渓 青の洞門 潜入調査ファイル 4

「青の洞門 30年説」の不思議。(今回も長〜いです)

青の洞門の完成まで何年?。これは青の洞門研究最大の面白さの
部分で、昔から様々な説が唱えられてきたことが先人達の残した
資料から読み取れる。しかし中津市となり、なぜか「30年」に…。

「掘り始めてから〜」⇒補助金と予算と工期という概念に染まる
と陥ってしまう横穴でなく落とし穴だ。
どのように掘り進めたか?。当初から必要な大きさでそのまま堀
り進んだのか?。まずは1〜2人の大きさで堀り進み、その後から
周囲を拡張したのかなど…ここ25年間を見てきても、工法などを
検証された形跡はない。

地元・観光に視点を置くと、耶馬渓に来た禅海が競秀峰に隧道を
穿つことを発心してからになるのでは?。
禅海の発心から工事着手。更に工事中断もあったのかも知れない。
何も考えていない…言ってしまうと、根拠に危うい30年説なのだ。
それに…青の洞門の当時の手がかりの大半は失われた現在である。
ある人が「岩を掘ったこともない人達が勝手なことばかり…」と。

地元の観光ガイドには「人と牛馬の力しかなく、資金的にも困難
が想像できる難工事。そんな時代にこれだけのものを掘り抜いた。
一体どれだけの年月がかかったのでしょう」ぐらいは話して欲しい。
ただ台本通りに「これが○○です・ます」では、その場所の魅力を
耶馬渓に来てくれた人達に伝えるには役不足だ。と言いたい。

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折々の競秀峰の中でも、大好きなのは「夏雲の競秀峰」だ。

posted by 薄学斎 at 02:57| 耶馬渓(本耶馬渓)