2020年02月05日

「雪耶馬」は見れるのか?

大正六年・正月に大町桂月が訪れた際、耶馬渓は大雪
だった。
耶馬溪を見盡し、更に進んで彦山(英彦山)を窮めむ
と思いしが…一晩で一尺も積もりて、なおふりしきる
雪に…などと「雪の耶馬渓」に書き残している。
大町桂月はその数年後に他界し、一晩で撤退した耶馬
溪への再訪を果した記録は見られない。
青森県の十和田湖や奥入瀬・八甲田というカレンダー
写真のような彩やかな地域を愛でた文筆家の、耶馬渓
の紀行文を読んでみたかった(ちとコワイが…)。
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大町桂月著「山水めぐり」・大正八年・博文館:発行。
ある古本屋で、店主も薄学斎も復刻版だと思い込み格
安購入。しばらく経ってから初版だと気づく…。かな
り以前のマヌケ話だが、復刻版は紛らわしく、今でも
気を遣う書籍だ。

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過去の写真より(一部画像処理)。
耶馬渓・津民谷にて。英彦山周辺では更に大型の除雪
車が稼働する。地元にも「除雪車」はあるのだ。
北部九州の積雪は平野部で一冬に1〜2回あるが、大抵
は翌日には溶けてしまう。
しかし少し山間部に分け入ると、驚くほどに雪深い。
「英彦山地は九州で最も雪深い」と書かれていた本が
あるぐらいだ(信憑性は?)。

暖冬…薄気味悪ささえ感じる今冬。
桜の話で盛り上がってばかりいるから、「雪耶馬」が
見られんのだ。と、ボヤいてみる。お寿司は抜きで…。

posted by 薄学斎 at 02:52| 本・資料

2020年02月01日

紙資料の経年変化  其の一

ここに二冊の冊子がある。
「耶馬溪鐡道案内記」。鴛海國陽:著。
大正六年・廣津商店:発行。
それぞれ初版と大正八年・二版だが、同じ冊子である。

で、今回のお題は「紙の経年変化(劣化)」について。
紙は保管期間や環境によって状態の変化が大きくなる
製品の代表といえる。
よく「酸性紙問題」が語られるが、これは主に洋紙の
インクの滲み止めに用いられた硫酸成分の問題。
「和紙」は強いと思われがちだが、破れ・虫喰い・シ
ミ・ヤケ・湿気・カビ等に於いては、和・洋の区別の
なく紙製品全体の課題なのである。

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同時代発行の二冊の違いを画像でお伝えできるだろうか。
画像の左側の冊子が本来の色調に近いと思われる。

紙の変色の原因として考えられるのは個人的な経験とし
て、日焼け(褪せ)・ホコリヤケ・湿気・高温多湿の差
の大きい環境・隙間風などがある。あと「酸化劣化」と、
他の酸性紙からの酸化移り(和紙や中性紙であっても注
意)。複合的であったり誘発促進させる条件であったり
して、紙の変色・劣化の原因を特定させることは難しい。

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裏表紙画像。ピンクの鋭角が二冊の境界線。
表紙面とは逆に右側の方が、金具のサビが滲んでいるが
本来の色調に近いと思われる。

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そして…今回、初版と二刷では表紙の柄絵が若干異なる
ことを発見。消えてしまったとは考えにくい。
印刷ミスか変更か?。まさか色合いまで変えたのか?…。
この冊子に関しては今後、複数の同一冊子の検証が必要。

やはり難しい…。てか、お題の件はどうした?。
其の一は企画倒れというオチにて…スンマセン。

posted by 薄学斎 at 01:14| 本・資料

2020年01月12日

耶馬渓(山国町)と日田

日田の国重文の「鉄鏡」が魏志倭人伝に記述のある→
あの有名な銅鏡百枚の一枚である可能性を示唆する記事
が載っていた。
「金銀石英象嵌竜文鉄鏡」については検索してくだされ。

現在の中津市だが耶馬渓・山国町と日田市は隣街になる。
大きな山(峠)越えはあるけれど…お隣さん。
山国町は「奥耶馬渓」と呼ばれるように「奥地」にある。
山国町の中心街である守実地区からだと山越えで行ける
日田と、山国川に沿って延々を耶馬渓を縦断し、平野部
に入ってからも更に時間のかかる中津市街…。今も昔も
交通の手段・環境は変われど行き来の苦労に差があるこ
とには変わりはない。

平成の大合併の波が押し寄せ、国からの圧力にアタフタ
している頃、山国町の中には日田市との合併を模索する
動きもあった。「山国町は生活圏としては昔から日田市
の方への依存度が高い」と、金網の上のイノシシとシカ
肉と自家野菜をつつきながら聞いた思い出がある。

わが耶馬渓と日田は同じ地域。薄学斎が勝手に設定して
いる「山国川水圏」にも日田は含まれているのだから。

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で、長々と能書きの末に出したかったのはコレである。
「日田の宝鏡」―金銀石英象嵌竜文鉄鏡の謎―
木籔正道:著。 平成4年・芸文堂:発行。
少しだけ山国川流域の記述もあるが…日田説の本だ。

邪馬台国は「耶馬溪」を中心とした「クニ」の集まり→
連合国家のような形態だったのではと見当つける薄学斎
の考えと重複する部分がある。
書棚で出会った時に「おおっ〜」となった書籍。


posted by 薄学斎 at 17:12| 本・資料