2020年05月24日

研究の「落とし穴」

「(郷土史)本の2.3冊読めば、そ
れなりに語れてしまうものです。
あと少し調べれば発表や本も出せます。
それほど敷居が低く身近なものです
が、そこに「落とし穴」が隠れてい
ると思うのです。」

を含む長いメールを出した。
相手は研究を始めて数年の人物。
本心から侮辱などするつもりはない
のだが、信じてもらえるだろうか。

研究者の多くが通過儀礼のように
ハマるのが「落とし穴」。ハマっ
ている人かは違和感で判る。
半端な人では目立ちにくく、すぐに
転ぶ研究職や一般研究者は、ハマった
ままの人や努力不足などが多いそう。

優秀なトコだと周囲の人達が引きあ
げたり、自ら出会いや環境などのキッ
カケで抜け出せる人もいるみたいだ。
やけに詳しいねと言われそうだが、私
もハマった。鼻っ柱をへし折られる荒
治療。最も手っ取り早い手法だが、あ
の無様な惨めさはトラウマ。

特に初心の頃は、調べて出てくる事柄
や資料に、おぼれ振り回されがち。
資料や事柄自体に疑いさえ持たない。
いわゆる天狗になると、「知ってるつ
もりで知らない」「見えるものが見え
てない」などに陥っても平気。
調べているから偉そうになって、啓蒙
活動になったり。「仮定」がすべて結
論に直結したり。固執・執着があまり
にも強過ぎたり…。

方向性・考え方などの修正になるので、
すぐに解決できる問題ではないのだが、
ある一言で興味を持った人材。危うさ
に気付いてくれれば良いのだけど。

今後対立するぐらいならばと、無礼な
出過ぎた行為なのは認識している。
「これでいいのか?」とか「ハマって
ないか?」と今でも、形だけでも自問
するようにしている私も未熟で、本来
ならば偉そうなことは語れない。

posted by 薄学斎 at 06:50| 雑記

2020年05月06日

自動車ナンバーの怪

2020-0506-1・ブ.JPG
今年1月の曲線を描く麦畑と同所より。
渡る風がカラカラになってきた。
最近は、近所で風を追いかけている。

ここは県境の街。
今回は、地元での自動車のナンバー
で誰も知らない。また知る必要もな
いことを、コッソリとお教えしまし
ょう。

福岡県豊前地域で「大分」ナンバー、
大分県中津市街で「北九州」ナンバ
ーは「地元ナンバー」として認識さ
れている。
しかし、耶馬渓(今回は本耶馬渓町)
では「北九州」ナンバーは余所者と
認識されるのだ。「あんた北九州の
ドコでぇ〜」などと。

ちなみに、福岡県側とは山国川を挟
んで有野地区で接する…今や自動車
で1分足らずで橋を渡れるのだが…。
かの弘法大師が投げた筆も対岸まで
届いたという。
県の壁?、それとも川渡り時代の名
残りなのか?…興味深い。
(平成の大合併で耶馬渓内の三町は
中津市となった)

これは決して悪口ではなくて、だか
らゆえの、今に続く耶馬渓の良さに
も繋がっている部分もあるのだ。

さすがは福岡県の僻地…存在感薄っ。
でも地元の「北九州」ナンバーって…。

posted by 薄学斎 at 04:35| 雑記