2019年12月23日

犬ヶ岳山系 雪景色

冷たい雨が降る。山国川源流にも積雪したという便りがあるも
薄学斎は土・日曜日と寝込んでしまい…行動不能。
英彦山の初冠雪は10日ほど前にあったのだが、この時は平野部
から犬ヶ岳山系の冠雪は確認することができなかった。

今日は犬ヶ岳山系の冠雪に会えそうと期待していると…予想は
当たり!。しかし日中は暖かくなる予報。つかの間の雪景色。
月曜日の朝の慌ただしい日常の中で、山並みを眺めながら喜ぶ
のは薄学斎一人だけ。やはり変わり者なのだろう。

12/23 犬ヶ岳山系冠雪を平野部より初観測。

犬ヶ岳も英彦山地に含まれるのだが、野峠を堺にして英彦山系
・犬ヶ岳山系に分けると山地としてとらえやすい。
犬ヶ岳山系=豊北連山とも呼ばれる。薄学斎は気分によって犬ヶ
岳山系と犬ヶ岳連峰で呼んでいる。

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手前の最も高く見える山は「経読岳」。左側の円錐の山は「小屋
ヶ岳」。経読岳の右奥の白い山が主峰「犬ヶ岳」標高1132m。

※積雪・降雨の犬ヶ岳登山は登山路に岩場が多く危険。厳冬期に
「南国の低山」と甘くみると生命に関わります。薄学斎も、その
秋に3千mの2峰を歩いた油断から、帰省時の単独登山で低体温症
に遭った経験があり…ご注意を。

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posted by 薄学斎 at 13:17|

2019年12月22日

誰も信じてくれないこと

少し前の話。動物病院の受付で「お兄さん。ネコちゃん好きですよねぇ」と
薄学斎のことを言われたそうである。ただ匿ってきているだけなのに…。

ホームセンターで買い物をしてレジへ。すると担当の店員さんがいきなり
「どぉ〜しんたんですかー」。何事かと動揺する薄学斎に「今日はネコちゃ
んが無いじゃないですかー」と言い放った。咄嗟に返す言葉が見つからず…。
某サッカー漫画で「キーパー。一歩も動けなぁ〜い」の(あれは小学生サッ
カーの次元ぢゃねぇだろ…)立ちすくむキーパー如く心情であった。
わん・にゃんの買い物ばかりする中年男とは…むなしい空しすぎる…嗚呼。

元々は、近所で騒がれた母子猫と同時期に迷い込んだ仔猫を匿ったのが始ま
りで、疾患や事故で死なせたり行方不明で減ったが、その間に里親に引き取
られたのは1匹のみ(昨年・天逝)という厳しい現実もある。
確かに、動物病院やホームセンターにはお世話になっているのだが、そんな
に目立つ特異な奴なのだろうかと自問してしまう。

一時は当初からの夫婦ネコのみになり、当代で終わりのはずが現状はネコ2匹
オーバー状態。先日の「ねね」が重くのしかかる。

「ネコ好き」ではない。と言っても誰も信じてくれないのだろう。

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当初からのネコも「ちぃ」(にゃニャフィナ)だけになってしまった。
目の大きなキレイなネコなのだが写真が苦手。
薄学斎の肩と背中には一体何匹のにゃん・わんが乗っているのだろう。
毎晩1・2匹ずつ化けて出てくれればと思う…。

posted by 薄学斎 at 03:36| にゃん学

2019年12月20日

「邪馬台国」はどこにあったのだろう。

過去に何度か、邪馬台関連の出版ブームがあったというが、薄学斎の
世代にはピンとこない。しかし関連本はそれはもう数多く存在する。

身の回りのアチコチに邪馬台国の関連本が散在している。大正期から
昭和50年代までが多いか。著者のゴリ押し持論ばかりでウンザリなのだ
が古本屋などで見かけると、つい嬉しくなって手が出てしまう甲斐性の
ない薄学斎なのである。でも、お約束の未読本も多い…あの世に旅立つ
までには読破しようと思ってはいるけれど。

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で、画像の2冊となる。「である」は1971年・秋田書店:発行。
ケンカを売る形の?「でない」は1973年・新人物往来社:発行…後者
の出版のいきさつを知りたい気がする…。良い時代だったのだろう。

邪馬台国はどこにあったのか?。おおよその研究?本は「魏志倭人伝」
の記述をアーダコーダ自己中に解析している。水行〇日陸行●日という
アレである。今風にいうと「北九州空港からシャトルバスで日豊本線・
朽網駅。からの中津駅下車。駅前からバスにて…」って感じである。

「〜美夜古(みやこ)に邪馬台国があったと言い出すであろう君のこと
だから〜」と親世代の友人からメールが来た。ちなみに「美夜古」とは
福岡県行橋市・苅田町・みやこ町・築上町の周辺地域の古い呼び名。
そのメールの返信に「邪馬台国って耶馬渓にあったんですよ。知りませ
んでしたぁ?」と送ったら…さすがの彼も絶句・であった。

特異な地名「耶馬渓」。「耶馬台国」「邪馬台国」「耶馬」「邪馬」
「耶馬渓」「邪馬渓」→そろそろ効いてきたかな。

「ふるさとの富士」が各地にあるように「ご当地邪馬台国」のような親
しみ方はできないものか?。どれだけ遊べるか…そんなシンポジウムを
耶馬渓で実現できたら楽しい。

結論として。
「邪馬台国は耶馬渓にあったのだ!」。
言ってしまった…。実は…中枢と思われる場所も既に見当を…ブッブッ…。
とうとう放ってしまった…。あぁ〜生命の危険を感じる。


posted by 薄学斎 at 06:58| 本・資料