2020年03月05日

九州のツキノワグマ 2

山国川水圏でのクマのお話。(長文です)

まずは、地元でクマに関する古い資料にお目に
かかったことはない。

20年以上前に、四国の四万十川源流の山で、ツ
キノワグマの目撃情報の看板を見たことがある。
後日、調べてみると九州よりも高く深い四国の
山々でも、九州と同じく絶滅寸前だと知る。

照葉樹林が広く占有する南国の島の限られた山
域に植林や開発が押し寄せる…ただでさえ乏し
いクマの生息に適した落葉広葉樹林は伐採され
分断され、わずかに残った森にしても、既にそ
れに必要な環境の大部分は失われている。

ずいぶん以前に、耶馬渓の某山付近でクマ目撃
の噂があったが、ある事情もありウヤムヤに。
後年…犬ヶ岳山系のある山でクマらしき目撃情
報の噂が…現場は先の某山と直線距離で近い。
早速、現場の集落で話を伺うと「何かクマでは
ないみたいな…」少々ウンザリ気味の返答…。

山国川水圏にツキノワグマは生息するのか?。
薄学斎の考えでは「生息できない」になる。そ
の根拠は「山が浅すぎる」から…。
生態系の頂点には、それに相応する広範囲の生
息環境が必要だと考えている。

地元には茶系と黒系の毛色のイノシシが生息する。
薄学斎も耶馬渓山中で、100sはあろうかの黒系
の大物と出会ったことがある。その他にも捨て犬
や、迷った猟犬をクマと誤認する可能性もある。
あとはシカ…他の一部山域ではニホンカモシカ。
特に山中で出会うカモシカは黒っぽい塊に見える。

でも…山国川水圏の森にツキノワグマが生息して
いたらと、どこか期待してしまう薄学斎なのだ。
また地元で噂が出ないかなぁ〜。

・ツキノワグマ→ニホンツキノワグマ。
・イノシシ→ニホンイノシシ。
・シカ→ニホンジカ(キュウシュウジカ)。
・カモシカ→ニホンカモシカ(実は牛さんの仲間)。

・次回はクマさん「こぼれ話」でも…。


posted by 薄学斎 at 03:53| 雑記・古い写真から

2020年03月01日

九州のツキノワグマ 1

今回の記事は記憶頼りで、検証は行っていません。

九州でツキノワグマの絶滅が発表されたのが1980
年代(新聞で読んだ)。私メは小〜中学生の頃。
確かその後に、祖母山地でツキノワグマが射殺さ
れる出来事があった(1987年)。
21世紀に入り、二度目の絶滅宣言らしきものが発
表されているが、もうその頃は地元での経験から
大学等の機関の調査なるものに不信と恐怖を焼き
付けられていたので、全く信じていない。

小学二年の頃、自宅の本棚で「銃を捨てたマタギ」
という本と出会った。今に思えば子供の読む本では
ないのだけど、ボロボロになるまで読み返した私メ
の原点となる一冊。だからツキノワグマは、子供の
頃から身近に想像する動物だった。

1987年に射殺された個体は遺伝子判定で北陸系の移
入〜などと言われる反面、そもそもが比較する材料
に乏しいといった意見もある。
しかし、その後も祖母・傾山系を始め、九州各地で
クマ(らしい)の目撃情報は続いている…。

2020-0229-1・ブ.JPG
今回の写真は祖母山系の大分県側(2003年撮影)。
祖母・傾山系は大分・宮崎・熊本県にまたがる九州
本土で最後に残された森らしい森といわれている。
左側の銅鈴は愛用の「熊よけ鈴」。効果のほどは?。
クマの生息確認も必要なのだろうが、そこはそっと
しておいて、地域の環境を考え直す(治す)象徴と
して活用することはできないものか?。

・次回は、地元(山国川水圏)でのクマのお話でも。

posted by 薄学斎 at 00:09| 雑記・古い写真から

2020年02月28日

曽木地区(下曽木) 本耶馬渓町

(大分県)中津市の関係者と本耶馬渓町・曽木地区の話
になった(中津は、知られていない人材には信頼できる
人達がいるのだが、反対に…)。
曽木地区とは、地理的には青の洞門の辺りから見て、山
国川対岸の上・下流の地域となる。

この曽木地区は、住宅地(集落)で見ると、山と川とが
押し寄せる細長い、典型的な耶馬渓型集落形成(造語)
なのだが、ちょっと面白い特徴があることを思い出した。
資料等には載っていない、自称・研究者達も知らない…
「しょーもない事」なのだが、紹介させてもらいたい。

地元の人達は、曽木地区を大きく「上曽木」「下曽木」で
分けて暮らしている。それ自体は珍しいことではないのだ
が、「上曽木」は山と川とに狭められた平地に形成されて
いるのに対し、「下曽木」は山地の斜面を切り開いた土地
に住居や田畑までが開拓されている、つまり大部分が「坂」
なのだ…ただそれだけ。

「下曽木は【坂】の地区である」と覚えてくれると嬉しい。
「どこが面白いの?」か「面白いな!」。どちらと判断さ
れるかは貴方次第デス。

2020-0228-2・ブ.JPG
「上曽木」の景観。奥の山は通称「七仙岩」の一部分で、
別名「起雲洞」と云われるとあるが、なるほどよく霧がた
なびく場所だ。2016年頃の撮影。

2020-0228-1・ブ.JPG
「下曽木」の景観。集落はまだ上方にも続く。稲穂の金色
の頃に、対岸の樋田地区の国道212号線辺りから眺める高
度感に「あんなに上まで水田が〜」とチョット驚くかも。
近所に移転したパン屋さん(おススメ)と、伐採された桐
と桜の木も見える懐かしい写真。
写真が判り辛かったのであればお許しを…。

posted by 薄学斎 at 19:43| 耶馬渓(本耶馬渓)