2019年11月03日

すっかりと「秋」に

今年も11月…すっかりと秋。
山国川水圏の紅葉は、10月下旬に1千m級の源流の森から
始まり、11月に耶馬渓を染め、そして平野部で見頃を終
える12月上旬まで、実に1ヶ月以上かけて続く秋の祭典。
このことは意外に地元の人も知らない。

最近は何かと忙しくて、また20年来の相棒(クルマ)も
入院してしまいテンション下矢印2。山国川仙人開店休業状態。
この秋、山国川水圏の平和を守ることは難しそう…。

信州で素晴らしい紅葉を経験してしまうと、南国九州の
紅葉は全然物足りない。
標高・緯度・樹相の違いから、どうしても九州の紅葉は
地味で、それに植林帯や照葉樹が多く目についてしまう。

耶馬渓の紅葉の美しさを、地元自治体は盛んにアピール
しているが…彼らは耶馬渓を知らない。
何十年もループにとらわれ、真剣に地元と向き合う人材
がないから耶馬渓は疲弊してゆくばかり…。

耶馬渓の人出は数ヶ所のみに集中するので、少しルートを
外れると、秋のピーク時でも信じられないほど静かでノン
ビリと過ごすことができる。
紅葉は地味だが、季の移ろいを楽しむには耶馬渓は絶好の
地域。(無駄に)何度も通ってこそ耶馬渓の真価が分かる。


20191103ブログ用.JPG
撮影での大好物は「散り葉」と「水面」。
全山紅葉や雲上の山岳風景に想い焦がれるけれど、季節の
小さな物語との出会いが、それを慰してくれている。


posted by 薄学斎 at 14:16|

2019年10月30日

耶馬渓 青の洞門 潜入調査ファイル 2

ファイル1の写真説明の続きです。

・画像中のクレジット表示は取り決めです。クリックで拡大されます。
・資料画像中の記入は「コピー・複製等は最低限にする」という当学会
 の意向によるものです。ご理解下さい。

洞門-1910-1 (5).jpg
現・青側「第二洞門」部分。この辺りは崩落部分と推測。他にも崩落
したと思われる部分が複数個所見られる。今後の調査課題だ。


洞門-1910-1(6).jpg
現・青側「第三洞門」入口の崖側に、くり抜き部がある。
洞門竣工後の法要の際に、禅海が寄進したと伝わる石仏がここに御座
っていたそうだ(現在は耶馬渓風物館へ合法的に持ち去られ)。
移動させる際に内部から、禅海の自筆とされる木製の板碑と和紙の文書
が発見された。
文書の方は固着し展開も出来ない状態。近年「破れても仕方がないか
ら、剥いでみようか…」などと言った学芸員がいたと、関係者が呆れ
ていたが…この場合、学芸員のすべきことは将来の技術に託す為の保
存努力なのだ。もう手遅れか…な?。

洞門仏像.JPG
昔の絵葉書より。


洞門-1910-1 (11).jpg
現・青側「第三洞門」内に川側に降りる階段がある。
ここから短い距離なのだが、樋田側の旧・洞門が残る。
階段手すりの向こう側にも旧・洞門らしき痕跡があるように思える。
現在の歩道の下に旧道があったと推測しアドバイスを求めると、やはり
後年に嵩上げされているとの返答があった。


洞門-1910-1 (7).jpg
明かりとりの窓(牗・ゆう)。
耶馬渓内に一部現存する「一ッ戸隧道」を頼山陽が歩いた記述に、
牖から覗いた渓水に浮かぶ月の印象がある。
一ッ戸隧道も青の洞門も、牖の外は同じ山国川の渓水の流れ。
牖は採光の他に、掘削中の瓦礫捨てにも利用されたらしい。


洞門-1910-1 (12).jpg
もう一つの牖。
奥の仏像は持ち去られた後に設置…安易に代用品を造り置く信心の欠落。
耶馬渓風物館の仏像も、また洞門内のどこかに戻せないものだろうか?。
スロープの設置はこの場所のみ。あと増水時の冠水にも御注意を。
現在、内側から楽しめる牖はこの場所の2つのみ。

洞門内部 昔-1.JPG
青の洞門内部・明治期(演出が過ぎるような…)。


洞門-1910-1(13).JPG
樋田側出入口。
ここを入ってすぐ右側に前写真のスロープがある。
青の洞門では車両は一方通行。信号待ちの対向車がある為、洞門内はスム
ーズに走行したい。
「日本初の有料道路らしいよ」とタブレットを見ながら話していた観光客が
いたのだが、この説には異論があるということを覚えておこう。

とりあえず通過してみた。
青の洞門は全長約350m。その内トンネル部が約150mほどと伝えられている。
ファイル3はどこから摘まもうか…。

※現在の県道トンネル部は3ヶ所あり、「青側第〇洞門」の記述は当ブログ内だけ
のものです。樋田側からは逆になります。


posted by 薄学斎 at 07:29| 耶馬渓(本耶馬渓)

2019年10月28日

私メの「犬ヶ岳連峰」シリーズ (自己流の呼称)

山国川水圏を勝手に設定。取り組み始めて26年。帰郷してから
20年になる。もう若いとはいえない年齢になってしまった。
周囲は「変わり者」「オタク」扱い…。しかし少数ながら応援
してくれる人達に支えられて探究を続けて来れた。

近年フィールドで、会いたくても叶わぬ人が次々と…この辺りの
偉そうな人達からみれば、ただのクソ田舎のジジィ・ババァ達
なのだが、覚悟はしていたつもりでもやはり寂しく苦しい。
そして山国川の水災。「やばけい日本遺産」そして最近になっ
て、また新たな人災が加わりフィールドをかき乱す。

二十代は、信州の森と出会い「森・水」に魅了され通い続けた。
関東在住時、季の移ろいと共に生活したいと信州移住と帰郷と
で悩んだのだが、あの時の選択は間違いだったのかと考えてし
まうことが多くなった。

そんな地元なのだが楽しみもある。その一つがこの犬ヶ岳連峰
の眺め。平野部からだと鑑賞に易い。この20年間。誰よりもこ
の山並みを眺めてきたのではと思う「ふるさとの山々」だ。

標高の高い山でも一千mほどだが、稜線付近にはブナやミズナラ
の森が、傷付きながらもわずかに生き残る山岳修験道の山々。
便宜上は「豊北連山」と呼ぶらしいのだが、やっぱり私メには
「犬ヶ岳連峰」なのである。

ブ・191028-1ベース.JPG
バイクの一人旅で全国各地を巡って山々を見てきたが、この山
並みが一番好きだ。
福岡県・吉富町より撮影。この町からだとチョット遠めかな?。
でも…それもまたイイ。


posted by 薄学斎 at 02:30| ふるさと